第二次世界大戦下における教会と本会の対応-③ 世界を舞台にした激しい戦争の中、平和を訴える教皇と天皇の努力が継続されていきました。日本管区は、当時ロ-マの本部で会長の私的秘書を務めていたM.ネリア(村田敏子)の手紙で、ロ…
FMM日本管区の歩み-93
第二次世界大戦下における教会と本会の対応-② しかしながら、政府のキリスト教弾圧は厳しさを増すばかりでした。軍部が天皇制を戦意高揚の手段とする一方で、天皇は参戦を何とか避けようと努力していました。そのために、天皇はロ-マ…
FMM日本管区の歩み-92
第二次世界大戦下における教会と本会の対応-① 日本カトリック教会は「宗教団体法」によって一応解散させられましたが、1941年(昭和16年)5月には新たに「日本天主公教教団」として政府の公認を受け、存続が保障されました。当…
FMM日本管区の歩み-91
特高警察の標的となった外国籍の会員-③ (修道院日誌続き) ある日、施設の子どもは「神と天皇のどちらが偉いか」と聞かれて「宗教では神、国では天皇」と答…
FMM日本管区の歩み-90
特高警察の標的となった外国籍の会員-② (修道院日誌続き) 副院長の部屋も同じような取調べを受けた。それから司祭館が調べられ、司祭とカテキスタが交番に連れ…
FMM日本管区の歩み-89
特高警察の標的となった外国籍の会員-① 「宗教団体法」の施行と同時に外国籍の宣教者が居住する教会や修道院に対する特高警察の監視は、対戦国となるイギリス、アメリカ、カナダ、ベルギ-、オランダの国民のみならず、その関係者に…
FMM日本管区の歩み-88
再び「迫害時代」を迎えた教会と宣教修道会の危機-③ 何よりも日本のカトリック教会組織を根底から揺るがしたのは、外国人教区長を日本人に交替させるようにとの政府の要求でした。この時すでに外国人の教区長たちはロ -マ教皇庁の布…
FMM日本管区の歩み-87
再び「迫害時代」を迎えた教会と宣教修道会の危機-② 国の新しい法律によると、女子修道会には法的地位が全く認められていませんでした。従って、女子修道会が存続するためには事業を通してしか道はなく、政府によって認可された社団法…
FMM日本管区の歩み-86
再び「迫害時代」を迎えた教会と宣教修道会の危機-① 管区長M.ピエ-ル・ド・ジェズが帰天した1940年(昭和15年)は、日本のカトリック教会にとって存亡の危機に見舞われた年でした。政府は国家神道の強化を図るため新しく作成…
FMM日本管区の歩み-85
日本管区から他管区への最初の派遣 M.ピエ-ル・ド・ジェズは、1938年 (昭和13年)に日本人の会員を中国へ派遣していますが、これは日本管区にとって最初の他管区への派遣でした。それは、日中戦争で中国が日本に占領されその…