修練院の東京移転 「日本の殉教者の聖母管区」の新設と時代の動きに従い、熊本と札幌の修練院を統合する必要が生じてきたために、熊本の修練院は東京へ移転し、札幌のオブラ-ト修練院は閉鎖されることになりました。会長のM.マルグリ…
Eco tour in Bolivia
9年振りの家族訪問でした。家族訪問と言っても日本国内ではなく、南米の真ん中の国、ボリヴィアです。私の両親は1961年に子供4人を連れて、言葉も文化も違う自然豊かな国(当時は原始林と呼ばれていました)を目指して海を渡りまし…
祈りとわかちあいの集い 東京&戸塚
某医科大学での一コマ
「あなたは学校の先生だったから適任だと思うのよ」の一言に背中を押されて10数年、某医科大学に通うようになった。学生としてではなく一人のシスターとしてである。医学生って・・・?どんな学生生活・・・?などなど、皆目知らずにス…
FMM日本管区の歩み-60
熊本に開設された日本最初の修練院-② 1911年(明治44年)のス-ル修練院開設以来、16歳から27歳までのプロバニストが少なくとも20名はいましたが、この指針が出されてからアグレジェとして残る者が増える一方、入会者は …
祈りとわかちあいの集い in 東京&戸塚
FMM日本管区の歩み-59
熊本に開設された日本最初の修練院-① 本会の来日から最初の修練院開設まで、日本のFMMは長い道のりを歩んできました。 1900年(明治33年)コ-ル師、有安師、深堀師の紹介で長崎の旧信者の家庭から10代の少女と…
自然のいのち
私はブルキナファソに25年間、宣教者として派遣された。はじめは国立病院の外科病棟で看護師として働き、その後子どもの栄養改善プロジェクトに携わった。畑をつくり、養鶏、動物を飼育した。その後パキスタンに派遣され8年間滞在し、…
共に歩む(シノドス的)教会への一歩
2024年5月19日は、藤沢教会で行われた西村桃子さん(セルヴィ・エヴァンジェリー会員)によるシノドス体験をお聞きし、グループでの「霊における会話」に参加して、希望と勇気が与えられた恵みの日であった。 今年のローマでの世…
FMM日本管区の歩み-58
管区評議会と院内評議会の設置-② 1934年~1938年の間に16回の管区評議会が開かれていますが、当時の日本とフィリピン間の交通事情を考えると、両国で毎月2回開かれる評議会に参加するのは容易ではありませんでした。当時、…