マリアの宣教者フランシスコ修道会 日本管区

私のターニングポイント

どのようにして神様に出会ったか?と言うと、私は中学を出て、マリアの宣教者フランシスコ修道会が経営していた準看護学校に入って、神様のことをいろいろ教えられました。が、私は宗教の時間によく反抗して「地球も神様が造ったって…そんなことないでしょう」等とひねくれた学生でした。解剖学やいろいろ学んでいるうちに、ある時わけのわからないままに聖堂の隅に座って、どういうわけか手を見ていたら疑問がわいてきました。この動脈は心臓から送られているから手の先まで届くのはよく解るけど、静脈はどのようにして心臓に戻るのかなといろいろ考えている時…とても大きな疑問が浮かんできました。びっくりしたと言うか「あれ?そうだとしたら、私は私の心臓を動かしていないよ、だとしたら誰が私の心臓を動かしているの」という大きな疑問がわいてきて…聖堂にずいぶん長く座っていたように思います。

そして静かに顔を上げたとき…そうか!!

「もしかしたら、私の心臓を動かしているのは、この聖堂にいるあなたですか?私の心臓を動かし、私を創造されたのはあなたですか?」どういうわけか理屈なしに、この体験の現実と確信を信じることが出来たのです。この喜びは今も消えることがありません。

そして17歳の時に洗礼を受けました。

だから私の前に仏様がいたら仏教の尼さんになっていたかも?

看護学校は母の勧めでしたが、本当は仲の良い友達と高校へ真直ぐに行きたかったという心の傷がなかなか取れず、道を曲げられたと思い込んでいました。でも、修練者の時今まで歩んできた自分の道を振り返り、その跡を紙に書きながら心の動きを見ていたら、すごいことを発見しました。

生まれてきた時から歩んできた道を縦に真直ぐに伸びた線として描き、そして中学が終りその線が高校へと続くはずが、線は90度右に曲げられて看護学校へと向かいました。その時、ハッと気が付きました。曲げられたと思っていたこの線の先は…と考えると、「この道でなければ神に出会わなかった…そうなのか!」すごい驚きでした。飛び上がりたいくらいの喜びでした。この曲げられた分岐点は、私がイエス様と出会うために行きたい道を曲げられた?いや、違う。初めから私の道は曲げられていたのではなく、真直ぐだったのだと…初めから神様に出会うための神様が用意してくださった黄金の道だったと…

私が大好きで、部屋の壁に貼っているみ言葉がある。

「恐れることはない、あなたは 私のもの 私は いつも あなたと 共にいる」

(C)Photo by Go Uryu (Natural Memories)

(Sr.T. T.)