特高警察の標的となった外国籍の会員-②
(修道院日誌続き) 副院長の部屋も同じような取調べを受けた。それから司祭館が調べられ、司祭とカテキスタが交番に連れていかれた。特に刑事はシスタ-たちが告解で何を言ったか司祭から聞き出したかったのだが、司祭は「シスタ-たちの罪は世間一般の人たちの罪とは違う」と言って秘密を守り通した。
警察署に監禁中の院長はと言えば、朝7時から夜9時まで常に監視されながらイスに腰かけたまま、刑事の荒々しく詰問する問いに答えなければならなかった。「何回ロンドンに行ったか」∙∙∙「一度もありません」∙∙∙「何回ぐらい近所の写真をベランダから撮ったか」∙∙∙「一度もありません」∙∙∙など。副院長が昼と夜の食事や毛布を届けに行っても、院長と話すことは許されなかった。院長は病気なので看病が必要であることを説明すると、プリシマ(堀シゲ)に院長の隣の部屋で寝てもらうことを許可してくれた。
一方、修院では、このスパイ容疑が晴れるまで2人の刑事が客間に泊り込み、部屋の取調べと尋問を続け、例のベルギ-人女性に関係のあるものを少しでも見つけると、この女性を知っている姉妹たちを質問攻めにした。刑事は「清貧の誓願を立てているので必要以上の物は何も持たない」というのを聞いて、ちょっと考えてからこう言った。「私が修道院に来たのは今回が初めて。恐らくこれが最後になると思う。君たちの宗教のことは私には分からないが、何かよいもののように感じる。自分の人生は悪者相手にいかがわしい事件を取り扱うことだから。私は勉強しないけれども、子どもには君たちの教えを学んでほしいと思う」と。
この日の夕方、院長は警察署で何があったか口外しないと言う約束で修院へ帰された。その翌日、今度は、例のベルギ-人女性を聖母病院で看護したことのあるプリシマが警察署に呼び出された。刑事は開口一番こう言った。「あんたは日本人なんだから、我々の仲間として当然、我々を尊敬し、我々の言う通りにしてくれるね」と。彼女はなんの不安もなく「ええ、皆さんのことを尊敬していますよ。でも、私の院長様のことも尊敬しています」と答えた。刑事たちは、自分たちの招きに応じて一緒に夕食をとる彼女の淡泊な態度を見て安心したようだった。病気のプリシマを気遣い、修院から何度も電話で彼女を解放してくれるよう頼んだこともあって、その夜、プリシマは修院へ戻された。 その日も修院の応接間では、院長と副院長が朝から夜遅くまで警官の質問攻めにあっていた。カトリックの教えのこと、誓願のこと、例えば「従順の誓願を立てているなら、もし院長から「スパイになれと言われたら従うつもりか」と尋ねられた。日本語で説明できないような難しい質問には「キリストに倣いて」の本や福音書、公教要理の教本などを渡した。来る日も来る日も、同じ質問、修院や施設の取調べ、警察署への呼び出しが繰り返された。