マリアの宣教者フランシスコ修道会 日本セクター

FMM日本管区の歩み-95

第二次世界大戦下における教会と本会の対応-④

もう一つの決断は、従来会長が与えていた入会、着衣、誓願の許可を、戦争中は会長の代行者が与えられるようにしたことです。会長はそのために次の二つのことを布教聖省に申請しました。

  • 欧州と欧州以外の国々との連絡が非常に難しくなっているので、着衣、有期誓願、終生誓願に関しては、管区長が院長と協議の上、できれば管区評議会の票決のもとにポステュラントの入会、ノビスの着衣、有期誓願と終生誓願の許可を与えること。
  • 教会的な手続きに関して、司教に依頼することが不可能な場合には、修道院のミサ、告解、講話などを行う司祭に依頼すること。

これは1940年(昭和15年)3月12日に認可されました。この決定を知らせるM.マグダラの手紙を受け取ったフランシスコ会のルブラン浦和司教は、会長の洞察力と明快で広い視野をもった指導方針に驚嘆し、宣教地にとって大きな助けになるこの決定に満足しています。司教とフランシスコ会の管区長には、着衣、誓願式の司式のために司教の代理者を指名する権限が与えられていました。会長の配慮のおかげで戦争中にもかかわらず、日本の修練院でも沢山の若い召命が育まれました。戦時下に、戸塚または清瀬の修練院で、着衣・誓願の恵みを受けた会員は60名にも上ります。この背後には、修練院付司祭として常にノビスと生活を共にしていた、シャンボン大司教の存在が大きかったことは言うまでもありません。

1942年 (昭和17年) 2月14日、管区長不在の日本に嬉しいニュ-スが届きました。この日、M.マグダラはM.サンタニェスから「会長は日本とフィリピンの会長代理に、中国の管区長M.フランソワ・ミシェル (M. Francois-Michel) を指名された」という会長の決定を知らせる電報を手にしました。政府と教会の間で難しい決断を迫られていたM.マグダラにとって、これは希望の光でした。