マリアの宣教者フランシスコ修道会 日本セクター

沖縄修道院(1991年4月 那覇修道院より移転)

※ 創設時の姉妹たち:Sr.佐藤 朋子 Sr.川上 清子 Sr.土屋 淑子

伊江島は、会憲第4項の「キリストがまだ告げられていない人々のもとへ、教会があまりないところへ…」という優先事項に従って創立された共同体です。最初はテレビもなく暗くなったらすぐ寝る生活で、畑をしながら近所の人と関わることから始めました。昼食後、地域の人に出会うために外に出ましたが、炎天下ずっと歩いても歩いても、誰にも会わず帰ってきたこともありました。後から聞いたのですが、日中は暑いので出歩く人はいない、暗くなってから歩くと…。創設当時のエピソードを思いつくまま書いてみます。 

その1 シスターたちは伊江島に入るために1年前から3泊4日で2週間に一度、那覇から通っていました。初めて本部(もとぶ)の港に車を置いて、フェリーで伊江島に着いたとき、掃除道具や食べ物などをいっぱい抱えていたので、乗客が皆下りるのを待って最後に降りたところ、バスはすでに出てしまった後…。数少ないタクシーも出払って1台もなく、両手いっぱい抱えた荷物を持って炎天下の道を歩き始めました。急な坂道をあえぎながら登っていると木陰があったので、そこで休もうと声をかけ、3人急いで木の陰に入りました。気がつくと荷物は道の真ん中に置いたまま…3人で大笑い。一瞬でも早く木陰に入りたかった気持ちの表れでした。 

その2 最初、網戸がなくて蚊が入ってくるけれど、暑いので閉められず、蚊取り線香を焚き続けていたら、頭から何から全部が線香臭くなりました。 

その3 3人で3カ月ごとに部屋を交代していましたが、6畳の部屋で寝ていると、夜中にポトッ、ポトッと音が聞こえ、電気をつけたら天井一杯に虫が這っていて、暑いのにシーツを頭から足先まで巻いて朝まで耐えたこともありました。 

その4 夏は暑くて壁が触れません。何とかならないかと知恵を出し合って、屋根の上に三角の鉄板を重ねてもらったら、ようやく涼しくなりました。 

その5 日中は暑いので昼寝しないではいられないのですが、Sr.土屋は「夜寝られなくなるので、気にしないで」と言って、蚊が来ないようミカンの網を被ったり縛ったりして、一人で庭の草取りをしていました。でも、いつも日陰を選んでするので、その部分はきれいになるものの、日の当たっているところは伸び放題で、違いがはっきり…。 

その6 伊江島の土は固く、スコップに体重を乗せても刺さらないくらい。ある日も一生懸命やっていたら…知らないうちにズボンにかぎ裂きができていました。

その7 畑にニンニクを植えて、よその畑のニンニクに比べてしっかりと立派な成長ぶりに喜んでいました。しかし…一つずつ分けて植えないで、株のまま植えていたことが判明。

助けていただく、教えていただくという関わりを通して、知らない事の恵みを体験した豊かな創設の日々でした。