マリアの宣教者フランシスコ修道会 日本セクター

Srマリア 吉居スナエの巻

Srマリア 吉居スナエの巻

Srマリア 吉居スナエ

Srマリア 吉居スナエ

*受洗はいつでしたか?
私は1923年長崎県佐世保市で、9人兄妹、5男4女の長女として生まれ、幼児洗礼を受けました。母はクリスチャンの家庭に育ちましたが、父は母と出会ったことをきっかけに結婚前に受洗したそうです。子どもの頃、家の近くには教会がなく、環境としてはあまりクリスチャンの雰囲気はないところに住んでいましたが、父はとても熱心な人で、教理に関する本などをたくさん読んでいたようでした。ですから父が号令をかけて、朝晩などよく家族全員で祈っていました。私がいまこうして修道生活を送れているのは父の信仰のおかげだと思っています。

*どんな子ども時代でしたか?
もともとあまり身体が丈夫ではなかったのですが、小学校2年生の時にはしかに罹り、もう助からないと言われたことがありました。そのときのことは今でもはっきりと覚えています。私は幸い快方に向かい元気になりましたが、小学校の同じクラスの友達が亡くなったことを先生から聞かされたときのショックは忘れられません。それと熱にうなされて耳が聞こえなかったときに、家族みんなが私の布団を囲んで一緒に祈ってくれていた様子も記憶に残っています。その後も喘息や胃痙攣などでしょっちゅう寝込んで、何だかいつもお粥ばかり食べていたみたい。でもその頃から、部屋の壁に貼ってあった聖家族の御絵のマリア様に「どうぞ早く元気にしてください。」と祈るようになりました。それ以来「マリア様が助けてくださる」と、ずっと信じています!

*修道院に入ろうと思ったのは?

Srマリア 吉居スナエ

Srマリア 吉居スナエ

母方の伯母はすでにFMMに入会し中国に派遣されていましたが、私が小学校4年生の時、帰国の折に家を訪ねてきたその伯母に初めて会い、私も大きくなったら修道院に入りたいなぁと思いました。もちろんまだほんの子どもでしたけれど、ずっとそのことを思い続けて、両親などにも話していたんでしょうね。父は、修道院というところは一度入ったら簡単に帰ってくることはできないんだというようなことを私に話してくれて、仕事で人吉に行く用事があった時に、自分の目で確かめてみたらいいと、私を一緒に連れて熊本の修道院に行ってくれました。たぶん16、7歳の頃だったと思います。その時伯母が熊本にいたので、父と私に修道院や侍労院などの施設を案内してくれたんですけど、ひとつの建物の玄関で下駄を脱いで入ると、次の建物につながる出口に着く時には、そこにきちんと父と私の下駄が揃えて置かれていてびっくりしたのを覚えています。ほんとに細やかな心遣いがありましたね。結局その後学校を卒業して数年働いてから、修道院に入ることを決めました。父は、かなりの覚悟がなければ続けられないと思っていたのか、私に入会を勧めたりはしませんでしたが、私がアスピラントとして熊本に行きたいと言った時には、心のなかでは喜んでいたと思います。母はやっぱり心配が先になって、病気になったらすぐに帰ってきなさいとしきりに言って寂しそうでした。戦争中の出発だったですね。

*戦争中にどのように生活したのですか?
熊本でアスピラントとして生活した2年間は、しょっちゅうバケツでの防火訓練をしていた記憶があります。それから当時戸塚修道院が疎開していた清瀬に移り志願期を始めましたが、毎日空襲に怯えながらの生活でした。ここで終戦を迎えた日のことは今でもはっきり覚えています。そして終戦後すぐに戸塚に移りましたけれど、それまで軍の野戦病院として使われていたため、トラックの轍などでガチガチになった土地を耕したり、食糧のない中で食事作りをしたりと、ほんとうに大変な時期でした!

*初誓願後はどのように?
神戸、東京、北広島、奄美、熊本…そして現在は瀬田と、修道院は何回も変わりましたが、勤めは現在にいたるまでずっと台所です。最初の神戸ではだんだんと姉妹たちが増えて40人くらいになっても、一人で食事を作っていましたよ。若かったから出来たんだと思います!長い年月の間には、火災事故があったりとかいろいろな事がありましたけれど、いつも守られてきました。

*振り返ってみて苦しかったことなどは?
社会は戦中、戦後のほんとうに大変な時代でしたし、修道生活もいまとは違って、とても厳しい規則の中で生きていましたから、自分だけが苦しかったという思いはあんまりないですね。だからそんなに苦労したとは思わないけれど、神様とたくさんの人に助けてもらいながらも、自分なりに頑張ってきたなぁと思います。いま時間的にいちばんゆとりのある生活をさせていただいて、いろいろと振り返ってみると、やっぱり子どもの時に病気で苦しんだ体験に始まって、ひとつひとつの出来事が今日まで自分を支えてきてくれたことに気づかされて、神様のお考えを想っています。その時すぐにはわからなくても、長い時間がかかってわかってきたことがありますよね。

いまはだんだんと耳が遠くなってきて、目覚まし時計の音が聞こえなかったり、姉妹たちの話しがわからなかったり、不自由になってきましたけれど、寝る前には「イエズス様マリア様明日の朝起こしてください!」ってお願いすると、こんな幼稚な祈りでもちゃんと聞き入れてくださるんですよ。だんだん弱くなってきて、かっこうつけてたらおもしろくないですからね。私は小さい時からものすごくきれい好きで、道に葉っぱが一枚落ちてても拾わなくちゃ気がすまないんです。こういう風につくられたんですね。いまは神様から人生の最後の磨きをかける時をいただいてほんとうに幸せ、感謝しとっとよ〜。

*将来の道の選択に迷っている若い人たちに何か一言

Srマリア 吉居スナエ

Srマリア 吉居スナエ

私は誰かに修道生活を勧めたりはしないんです。他の生き方も同じことと思いますけど、他人に勧められて決めることじゃないから。誰かに言われて始めたら、「あの人が言っていたのと違ってがっかりした」ってことになるかもしれないでしょ。自分で決めること、私もそうでしたから!