西武新宿線の下落合駅で降りて役300メートル、坂を上っていくと左側に聖母病院の入り口がある。昭和6年に建てられたうす茶色のタイル張りの外壁と建物の中央に立つ二つの塔はスイスから来日したマックス・ヒンデルの建築による。
私は内科医として高血圧や糖尿病など一般的な内科疾患の方、また急性腸炎、肺炎などの入院患者さん、そして悪性腫瘍などのターミナルの方たちを受け持っている。
先日、亡くなられたのは数年来、外来通院されていた90代の女性だった。咳と発熱のため救急車でいらした時には、重症の肺炎になっていた。
生命の危険があることをご家族にお話しすると、「高齢ですし、覚悟はしています。苦しくないように……」と望まれる。
手は尽くした。しかし約一週間後、亡くなられた。
「本当に、きれいな顔です」とご家族はほっとしたようにつぶやかれた。亡くなられるとこの世での苦しみから解き放たれるのだろうか。皆、清らかに輝くようなお顔になる。
しかし私は受け持った患者さんが亡くなられると、そのたびに気持ちが沈むのである。もちろんご家族の失意と寂しさには比べようもない。
修道院に帰り、暗い廊下を歩きながら彼女に話しかけた。
「治せませんでしたね。酸素、点滴、そして呼吸を補助するための機械も使いました。出来る限りのことはしました」
最後には自分の意志を表すことも出来なくなっていた彼女に
「でもあれでよかったのでしょうか?」と問いかける。
闇の中に彼女の穏やかな顔、そして「ええ、良かったですよ」というかのように吐かれた息が聞こえたような気がした。その途端、それまでの迷いや自責感が魔法のように消えていく。
ありがたいものである。彼らが医療者である私を癒してくださるのである。
この仕事をするようになって得をしたと思うのは、生きておられた時以上に不思議な形で彼らに触れる、この瞬間である。
(Sr.M.O)