聖母病院(東京都新宿区)の聖堂前にはルルドの聖母像があり、その足元には絶えず音を立てながら水の流れる池がある。
「ルルド」とは1858年2月11日、フランスとスペインの国境であるピレネー山脈のふもとで14歳の少女ベルナデッタに聖母マリアが出現したという地である。その洞窟から流れ出す水によって重い病が治癒するという奇跡が次々と起こり、日本でもルルドの洞窟の模型の建設がされた。
病院の中庭にこのルルドの庭が造られたのは、人々の癒しを願ってであり、また訪れる人々が祈りをささげることが出来るように、である。
小さな池を覗き込んだ、「あっ、金魚がいるよ!」という子供の声を聞くと、心が和む。
2月11日、中庭の一隅には梅が咲き始めていた。私はこの花を見ると母方の祖父のことを思い出す。会社員だった父とともに私たち家族は北日本や九州を転居したが、数年おきには水戸に住む祖父母の家を訪ねた。
水戸には梅で有名な偕楽園がある。ある年祖父は、旧水戸藩藩校であった弘道館を見せながら小学生の私に言った。「梅は水戸の花だ。天下に先駆けて咲く」
当時の私にはその意味はほとんどわからなかったが、彼がいかに郷土を誇らしく思っていたかは、幼い心の上に消えぬ文字で描かれた。祖父が亡くなって三十年経つ。各地を転々とした私には残念ながら幼馴染と言える人も、また故郷と言える土地もないが、小さな孫に思いを残してくれた祖父をありがたく思う。
弘道館は第九代藩主徳川斉昭公によって1841年より準備が始まり、1857年に本開館されたそうだ。水戸の地とフランス南東部のルルドでは今日のように互いのニュースを知りようもない時代であったが、奇しくも同時期であった。
人の思いと神様の思いがこの地球上に今も脈々と綴られ続けていることを思うと畏敬の念に打たれる。
時代に先駆ける花はまだ冷たい風雨にさらされることになる。今の私たちが時代に応えるにはどうしたらよいのだろうか。
(Sr. M.O)